青葉考古学倶楽部
茨城県在住の元サラリーマンです。
2024年5月9日木曜日
日立市 神峰神社の歴史
日立市宮田町にある「神峰神社」。 動物園も有る神峰公園入口にあり、日立で生まれ育った人なら、知らない人はいない神社です。 この神社、本殿と拝殿を一体化している珍しい造りで、そして、神峰山頂にあるのが「元宮」で、ここは神峰山頂の神を拝む遥拝所だったということは、大抵のひとは知っているはず。 しかし、ここからが私は知らなかったことなんです。
2024年5月7日火曜日
城里町 青山神社
城里町上青山にある式内社「青山神社」。 祭神は五十猛命。 県道61号線沿いにあり、笠間への行き帰りにはこの道路を利用するのですが、車のスピードを出しやすい場所でもあり、通りすぎてから、アァ~そうだったと気が付く神社でした。
一の鳥居から社殿まで300mほどある参道が、木々に包まれた静寂な空間で、そこに植物たちの呼気が充満しているような感覚になり、とても心地よい神社です。
由緒にもあるように、この付近には40基ほどの上青山古墳群があるとなっていて、参道の近くに、2基の円墳だと思いますが、破壊された古墳が見えています。
2024年5月5日日曜日
ふたたび青木について
常陸太田市松栄町の香仙寺にある直牒洞を筆頭に、周辺に善光寺横穴墓群などがあることは知られていることです。
私的な調査と常陸太田市教育委員会との調査で、香仙寺の北側500mほど先にある、花房町青木地区の公民館の、西側から南側の丘陵にかけて多くの横穴墓や古墳の可能性があるマウンドがあることが分かりました。 これらが集中してあるこの地域の字名が青木で、地元の方達がこれを「アオキ」ではなく「オーキ」と呼称していることについて、以前妄想を開陳しました。 結論を言えば、奥津城(オクツキ)が変化して青木(オーキ)になったのではと単純に妄想したのですが、以下にそれを補完する書物がありました。
2015年3月30日初版発行
沖縄の民俗学者 仲松 弥秀氏と谷川 健一氏の先行研究を参考にして、「青」が古い時代には墓地・葬地を指す言葉だった、ことを立証するために地名の分析を行ったという内容です。 東北から沖縄まで、青木、青柳、青山、青島、青野などの、地名を追いかけ、足で歩いて、見て、聞いて、調べてを解説している一書です。
とりわけ、茨城県については多くの調査がなされ、
○稲敷市阿波字青木 ○行方市四鹿字青木台 ○鉾田市梶山字青木
○水戸市国井町字青木下 ○石岡市青田 ○石岡市上青柳・下青柳
○鹿嶋市青塚 ○桜川市青木 ○桜川市青柳
○つくばみらい市青木 ○取手市青柳 ○行方市青沼
○常陸太田市花房町青木 ○ひたちなか市馬渡旧青塚村 ○鉾田市青柳
○鉾田市青山 ○水戸市青柳 ○阿見町青宿
○境町伏木青木 ○城里町上青山・下青山 ○城里町上入野字青木
○下妻市大木(古くは青木) などが取り上げられていて、ふう~んなるほど面白いと、私は思いました。 ただこの本、9年前に刊行されていて、あまり注目されていないような気がします。
研究者の方達は、この手の本は敬遠するのかもしれませんが、興味を覚えた方は、どうぞご一読を!
2024年5月3日金曜日
今日の星神社古墳と周辺
まだ、田植えの準備がされていない、心配な「星神社古墳」。
周辺の田んぼは水が張られ、もうすぐ田植えが始まるようです。
松栄町から花房町へと移動していくと、田植え中の所も有れば、休耕田じゃなくて、終耕田もありました。 残念!
周辺の田んぼは水が張られ、もうすぐ田植えが始まるようです。
松栄町から花房町へと移動していくと、田植え中の所も有れば、休耕田じゃなくて、終耕田もありました。 残念!
2024年4月30日火曜日
小山市 摩利支天塚古墳
小山市飯塚にある「摩利支天塚古墳」。
後円部から見下ろす位置に前方部があり、やはり琵琶塚古墳より古い様相を見せています。
この古墳から東南方向、姿川の対岸に成沢遺跡があるとなっていますが、本郷古墳も含めて注目です。
2024年4月28日日曜日
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